まつばらの民話をたずねて

松原の人々の一生

今月も引き続き産後のことについての言い伝えなどを紹介します。例によって、俗信や生活習慣からくる非科学的や非文化的な行動など諸々の部分などふくめて、聞き取りした内容の中にはこんな事があったのかと笑える部分もあり、残念ながら笑えない部分もあり、人権上不適切な事項も多々あるかと思いますが、生活習慣風土が作った民俗のなせるわざとしてご理解下さいますようお願いいたします。

 

産後の忌みと出産児の儀礼(忌明けから宮参りまで)-4
「2.宮参りへ出かけるところから帰宅して悦びの宴まで」

 宮参り(忌み明け)の行事は、第8回で述べたように朝からとりあげばあさんが来て母子の宮参りの支度を済まし、近所縁者がなにくれと宮参りのための用意の手助けをして9時から~10時頃になると玄関に皆が見送りに集まり次の順序で宮参りの一日が終わります。

1、神前に供える一升餅を持って、姑と出産児、母親が玄関を出ます。2、『親返し』または『仲間入り』とよぶ行事。3、神社で氏子入り。4、道寄り。5、紐銭。6、実家への土産の赤飯、又は『うぶいり』。7、祝いの膳(宴)で終了し、詳細は以下のようになります。

(1)額に大、又は小と鍋墨で書いた出生児を姑が前にかかえるように抱きました。戦後いつの頃か、口紅など用いて赤字で書いているようです。ついては抱き紐ですが長時間にわたり抱き続ける行動は疲れるため、男性成人用兵児帯や負ぶい紐を用いたようです。額に大小の字を書く以外に×を鍋墨で額に書いた経験者からの採集があります。これは氏子になるまでは神様のご加護がないので魔物が入ってこないための呪いと思うとの経験者の語りがありますが、×の少し上がった頭部の場所に赤子の時は頭蓋骨の隙間のような場所があり、この場所は隙間が塞ぐまで触れてはいけないと伝えられています。

さて着物の衰退により兵児帯は家庭から消えて、現在は市販されている負ぶい紐、及び抱き紐で抱いているようです。このようにして抱いた姑と出生児のふたりを一緒に覆うように現在では四つ身の着物をかけますが、30余年前の採集対象者達は『ねんねこ』をかけた人もいます。この着物は昭和30年代から40年代半ばで消えましたが、背負う者と背負われる子の二人が一緒に着る着物で、足のすね上の身丈で冬は綿入れで作られた物です。戦後一時期ケープといって洋服の導入と共にレースなどあしらった一幅の白い布に衿と付け紐を付けた物が流行りましたが、すぐに廃れ、四つ身の晴れ着の着物を出生児に掛けて、ずり落ちないように姑の首に着物の紐を結ぶようになり現在に至っているようです。

(2)玄関を出ると近所の大人や子供達が宮参りの姑と出生児を見に来て、子の姿が大きいとか、父親譲りの顔をして凛々しいなどと褒め称えて帰っていきます。この時、子供達に「仲良うしたってやぁ」と言いながら来た子供達に通称『きりこ』と呼ぶ『あられ』を配ります。これは神社へ到着してそこで待っている子供達へはもとより道中で出会う子供達まで、出会った子供達全員に配ります。これを『親返し』または『仲間入り』と呼ぶのだそうです。現在も行っている家もありますが、出会った子供達へ総て渡すのではなく限られているので300から500円程度の袋詰め菓子が一般的のようです。

(3)神社では一升を二個の餅に仕上げた一升餅を、二個横に並べて神前に供えます。
この時餅の上に×と朱で書いていますがまだその意味は採集出来ていません。神前で祝詞とお祓いをしていただき氏子となります。この時、出生児のお尻をつねり神様に声が届くように泣かせるのだそうです。これでこの出生児の一生はこの神様は見守っていただけるそうで、例え天竺、イスパニアに行こうとも変わりなく見守って下さるそうです。

(4)氏子入りが終わり鳥居を出てから、出生児を連れて帰るまでの道程で親戚縁者知人の家に立ち寄り、お茶やお菓子をいただきながら雑談をして順次、家に立ち寄ります。

(5)このとき立ち寄った家で、紐銭といってお金を紙にくるみ、紐に結わえて出生児の着物に結びつけて貰います。こうして時間の許す限り多くの家に立ち寄り紐銭を付けて貰います。紐銭を付けて貰うのは成長して親元を離れてもお金に不自由しないとのいわれがあるそうです。

(6)戦後一時期までは、結婚は同じ村や隣村程度の歩いて行き来の出来る人との婚姻が通例であったようで、出生児の母親も一緒に宮参りに行った人は実家に立ち寄りみやげの赤飯をもって帰り、そのまま『うぶいり』と言って親の忌み明けまで里帰りをする人もいたようです。

(7)宮参りへ行っている間に、出生児の家では手分けして近所や世話になった人、祝いを貰った家へ赤飯を祝い返しとして配る。餅を一重ねずつ付ける家もある。宮参りから帰るまでに配り終えて、宮参りから出生児達が帰宅すると、この日の手伝いをした人達が内々で煮付けの野菜や魚などを食べてお酒なども出す家があったようです。こうして宮参りの一日が終わるそうです。

 

大阪府文化財愛護推進委員  加藤 孜子(あつこ)