まつばらの民話をたずねてへようこそ

松原で生まれ育った、昔から伝えられる民話をご紹介します

 

現在のメルヘン世界に生きる人々  松原の民話 第107話(2010年3月)

メルヘンのある松原(6)
正井殿のきつねと弘法さんの水

 今回のお話は20余年前、まだ介護保険のないころ旧松原保健所と老人福祉課で自宅介護の人達が集える所を作る時のボランティアで採集した時の語りを忠実に再話をしました。

 おばあちゃんのつれあいは(夫)は一人でお手洗いにも行くことが出来ないのです。倒れてから何年になりますかいなぁ。結婚してから、それは言い尽くせない程、大切にしてもらって、一緒に生きてきたというのに、大切にしてもらう事に慣れてしまったおばあちゃんには、つれあいが倒れてからというもの、朝から晩まで二人だけの生活に疲れていました。昨日とその前と、またその前の日の生活と、何日も何日も変わることなく、つれあいの世話だけに明け暮れる生活に疲れたのです。その上、おばあちゃんも70歳になっていましたので、手も足もおばあちゃんの思うようにならないありさまでした。用事があって座った姿勢から立つ姿勢に変わろうとするとき、スクーッと立てないのです。そんな自分にイライラしていた、ある日の事でした。気がつくと、日々の買い物も周りの人にお願いして家の中にとじこもり、外へ出るのも、人と話すのも、嫌になっていたころでした。

 ところがその日は、正井殿のおきつね様がおばあちゃんを呼び出してくださったのですかねぇ、どうしても外へ出たくって、玄関を開けたのです。するとまぁ「日本晴れ」とは、あのような空のことをいうのでしょうねぇ。それは美しい空でした。

 おばあちゃんは、その美しい空にみちびかれるように、トコトコ、トコトコと歩いて行きました。気がつくと正井殿に着いていました。目の前に、おにんぎょうさんが座ってるのかと見まちがうほどの、小さなかわいいきつねが、首をカタンと傾けて座っていました。
「おまえは、まさいでのおきつね様では、ないなぁ。おきつね様の子供でも、ないなぁ。はてさて、どこからおいでなすったんや(どこから来たのか)」とたずねました。
すると、小ぎつねは、首をかしげて、くるりんとした目でおばぁちゃんへあいさつをすると、背をコロッと反対に向けて、いなくなったそうです。

 あくる日、ハテハテ、どうしたことでしょうか、足も、からだも、こころも軽くなって、幼いころ母がよく唄ってくれた「天満ころいち」を鼻歌にして、雑巾で拭き掃除までしていたそうです。もちろん、つれあいのからだも、今までになく丁寧に、衰えた筋肉を手拭いで包むようにして、じっとりとした身体を拭き清めたそうです。

 つれあいは、一度も不満をもらしたことがなく、一日のうち「ありがとう」をなんども、何度も言ってくれるひとでしたから、おばあちゃんの軽やかな姿がよほどうれしかったのでしょう、不自由になった言葉をふりしぼるようにして「ええお天気や。散歩へ、行っといで」とこえをかけてくださったのだそうです。おばあちゃんは、きのう出会った小ぎつね(ちいさなきつね)の事が心にのこっていたので、「花でも咲いていたら、摘んでくるわ」と言って部屋中の空気を入れ替えた後に、いそいそと出かけたそうです。

 正井殿まで来た時、心にかけていた小ぎつねが、まるで、どこぞの(どこかの)店に飾っている「小さいにんぎょさん」のように、チョコリンコと座っていました。
おばぁちゃんはうれしゅうなって「ありゃまぁ。待っといてくれたのかぁ。ちょっくら待っとけよ。ええもん買ってきたろう」と言って傍にある市場で「油揚げ」を一枚買って、小ぎつねのもとにもどってきたそうです。けれど、小ぎつねの姿は消えていました。しかたなく、正井殿さんへ「小ぎつねはんへ渡しておくんなはれ(小ぎつねさんへ渡して下さい)」とおねがいして帰ったそうです。

 さて、そのあくる日の朝のこと、おばぁちゃんはかわいいあの小ぎつねの夢をみて、目を覚ましました。「あれあれ小ぎつねはんはどこへいったんや」と目覚めた時、声を出して探しました。現実と夢を別に考える事が出来ないほど、しっかりとした夢でした。

 おばあちゃんの夢は、小ぎつねがちょこんと座って、『油揚げありがとうございました。足は大丈夫ですか。私はいつもにこにこして正井殿に来ていたおばあちゃんが大好きでした。私の子孫は何とか天皇にお仕えし,その時の褒美として子孫代々、末代まで三百年の命をいただきました。だから、人間のように早く歳をとりません。私はおばあちゃんと同じ日に生まれましたが、まだまだ子供です。
 はてさて、そんな私ですから、おばあちゃんと一緒に、ずうーと生きてまいりました。このたび、おばあちゃんが「足が痛い」と悲しんでいる姿をみて、どうにか自分の力で治すことはできないかと考えましたが、私の力では及びません。そこで、まいにちお大師様の所へ「おばあちゃんの足を、あんじょうしてくだはりませ(おばあちゃんの足を不都合なくしてくださいませ)とお願いに通っていました。おばあちゃんとはその道すがらであったのです』と、言った意味の事をおばあちゃんに話して、ちょこりんこ頭を下げました。

 おばあちゃんはよろこんで「まあまあ、私には子供がいないので、淋しい思いをしていましたが、アンさんのようにかわいい子供がいたとは、何と幸せ者ですやろ」と答えて、抱き上げようとすると、ぴょんと一歩さがって『そこでおばあちゃんにお願いがあります。これ以上の事は私にはできません。どうか、お大師さんの所へ行ってお水をいただいて、おばあちゃんの足と、おじいちゃんの体をきれいに拭いてください。かならずや願いはかないます』そないな話をして、どこぞヘ(そのような話をしてどこかへ)消えたそうです。

 そして、ここで目が覚めたそうです。それからというもの、おばあちゃんは、まいにち正井殿へ挨拶に行って、中高野街道と竹之内街道の交差点を西へ向かった所にある弘法大師の御堂でお水をいただき、お礼にお掃除をして、帰りに油揚げを一枚買って、半分は小ぎつねさんへ、残りの半分はおじいちゃんとおばあちゃんのお昼のおかずの足しにしていたそうです。この出来事があってから、数年しておじいちゃんは黄泉の国へ迎えられました。おばあちゃんは、つれあいの、仏さまのようにすべての煩悩から解かれた顔と、長わずらいだったけれど、お大師さんのお水のおかげで、床ずれもせず、きれいな背中であったことを、今でも自慢ですし、正井殿さんとお大師さんのおかげと思っていたそうです。

(注)正井殿・・・牛頭天王をまつる。ここに住む狐は、岡の人々に愛され、多くの民話あり。

 

 大阪府文化財愛護推進委員  加藤 孜子(あつこ)