まつばらの民話をたずねて

松原の人々の一生

今月は結婚についての言い伝えなどを紹介します。例によって、俗信や生活習慣からくる非科学的や非文化的な行動など諸々の部分などふくめて、聞き取りした内容の中にはこんな事があったのかと笑える部分もあり、残念ながら笑えない部分もあり、人権上不適切な事項も多々あるかと思いますが、生活習慣風土が作った民俗のなせるわざとしてご理解下さいますようお願いいたします。

第74回 結婚-12 (他地域の人との結婚と初めての正月 

他地域の人との結婚

 今までの事例は夫婦共に松原の人で、親戚、知人などの縁や仲人の紹介が大きく占める事例でしたが、聞き取りノートをあれこれ見ておりますと、松原へ他地域の人が住み、松原の人が大阪へ通勤するようになると共に、他地域の人交流が出来て、結婚するようになりました。そこで、風俗習慣の違いにお互いが理解を示す事に戸惑いを隠せない、心のしこりを感じるような事態が生まれる姿の採集に気づきました。

松原の女性が他の地方の男性と結婚し、松原に在住の事例

[事例1]二度結婚式をした女性

(女性は昭和15年、阿保生まれ。男性は九州 平成20年5月採集)

 私は九州の人と結婚しました。結婚は同じ生活風習の人と結婚をしなくてはいけないと、つくづく思いました。特に女はです。
 結婚式は、私は大阪でしました。養子ではないのですが、主人の家には兄さんがいて、跡取りがありますが、私のほうは私が親の面倒を見ますので生活の根は松原に主人が置いてくれると言うことで結婚しました。姓は主人の姓になりました。姓が変わる事は、親も養子でなくても、同居なり松原でみそ汁の冷めない距離ならということで余りこだわりませんでした。
 結婚式はこちらでしました。私の家でせず、簡単にと言うことで主人側が10人、私の方も10人お呼びして、大阪の神社で結婚式も披露宴もそこでしました。
 結婚式が終わると主人側の人達は飛行機の時間があるのでと言ってすぐ帰り、私達は一晩ホテルに泊まりました。
 そこで、親の処へ挨拶に言ってくれと言われました。九州で花嫁を親戚縁者に見せたいといわれ、九州へ行くことになりました。主人の実家へは夜に着きました。私は花嫁衣装こそ着なかったが、結婚式の披露宴がおこなわれていて驚きました。それからは食事の味付けから風習までまったく知らないことばかりで、なじむまでが大変だった。九州は遠いと言え、祭や、盆正月、それに親戚の葬儀から回忌まで、付き合いが大変でした。

[事例2]風習の違いで誤解を生んだ

 儀礼において、地方によって風俗習慣に違いがあり、そこで大きな誤解を受けるお話しはたくさんあります。第57回 12.婚礼―(8)での儀礼のように、お顔つなぎの挨拶回りの品に、紅白の水引熨斗を使用したところ縁起が悪いと婚家で破り捨てられ、黄色と白の仏事の水引熨斗に替えられた事例のように、誤解を生み、嫁側の「しこり」として残っていることもあるようです。
 その土地の儀礼は、その土地で生きてきた人でないと理解出来ない事が多くあり、誤解が生じるのは仕方ないことと思います。ただ私見ですが『「しきたり」です』の解答だけで「しきたり」を伝承するのではなく、しきたりの意味も一緒に伝承する必要を感じています。

結婚後の初めての御正月料理

[事例1] 

 (女性は採集当時60歳前後、大阪生まれ。男性は上田生まれ 現在故人。平成8年採集)

 私は松原へ来て一番びっくりしたのが、親戚縁者ががっちりと手を組んでいること。本家があって分家があるピラミッド。こうした生活の中で、初めての御正月のことです。
 当時の松原は阿保茶屋を西に行った所に、今もありますが大阪公設市場しか、市場はなく、周りの人に聞くと、御正月は松原の人は針中野の市場で仕入れるとのことで、そこで買いました。松原にある大阪公設市場も針中野の市場も百姓家ばかりの松原なのに、たくさんの野菜と魚を中心に売っていました。
 今では考えられないほどの賑わいで、市場の中を通過するだけでも至難の業といえる混雑でした。人垣をかき分けてやっと欲しいものを購入し29日は、く(苦)がつくので30日から作りました。きれいに並べたお重箱のお料理を主人が目を輝かせて御正月に箸を付けてくれました。
 2日目に姑がきて私のお重箱を見て「なんやこれは。松原の正月料理は五色に並べるのや」といって、持ってきた大皿を広げました。私のお重箱は台所の流しの上におかれました。一生忘れることの出来ない御正月になりました。

[事例2-1] 

 (女性は昭和11年大阪生まれ。男性は九州、福岡市博多。)

 生まれも育ちもここで、ここ以外、何処へも行ったことがない私が、はじめて御正月に夫の実家へ行きました。
 たくさんのご馳走が出たので、今から何があるかわからないから食べ損ねてはいけないと思い、たっぷりといただきました。
 すると、主人のお父さんが「それじゃぁ、しめにはいりましょうか」というと、大きなどんぶりほどのお雑煮を出されて、もう動くことも出来なかったそうです。

[事例2-2]

 福岡市博多の男性と結婚された女性の娘さんに、おかあさんは今もその雑煮を食べさせて下さるのだそうです。「郷にいれば郷に従えといいますが、嫁げば夫に従えだね」って笑って教えて頂きました。
 しめのどんぶりほどの雑煮は、トビウオ(アゴという)でおだしをとって、どんぶりくらいの器の中に煮しめ、里芋、こんにゃく、鶏肉(かしわ)、しょうゆ、丸餅などが入った、すまし雑煮をつくるそうです。味は醤油と砂糖でつける。筑前煮と同様な物が入っていると考えて良い。このお雑煮をお客さんへ出します。出し方は、お客さんが来ると「おめでとうございます」の挨拶をして黒豆が出されると来客者は次々と自分の皿に入れて廻し、皆が終わるとお雑煮が出てくるのだそうです。

(注)[事例2-1、2-2]は語り手の友人が採集したものを教えてもらった採集です。

 

大阪府文化財愛護推進委員  加藤 孜子(あつこ)