まつばらの民話をたずねてへようこそ

松原で生まれ育った、昔から伝えられる民話をご紹介します

迷子防止の唄  松原の民話 第95話(2009年3月)


道順や場所を教えた唄

 松原で生まれ育った唄、またはどこかで生まれた唄が共感してこの地に根付いた唄や流行歌(はやりうた)は昭和4、50年頃までは満足いくほどに思い出してくださいました。唄と一緒に必ず、唄の意味、唄っている人達の年代、どんな時にどんな形で唄っていたかをその時代の生活や思い出話と一緒に語ってくださいました。唄も行基民話と共通性があり、松原に住む人々の心の奥底にやどった諸々を、しぼるように出した願い、おもい、哀しみ喜びのかたまりです。それゆえに、何代もかけてこの地で生まれ育った人だからこそ、理解でき、共感し、唄う事が許される唄と私は思っています。そして松原の庶民の生活歴史を一番的確に伝えてくれていると思っています。

 そうした中で松原では道順や地名を織り込んだ唄や場所確認の唄がたくさんあります。松原は河内平野の真ん中にあるので、見渡す限り田と池でした。子供達は遊びに夢中になって自宅から遠く離れた地に行ってしまっても目に映る景色はあまり変わりませんでした。そこで親はこうした唄を覚えさせて自分が立っている場所(地区名)を聞けばどちらの方向へ帰ればよいか確認出来るように唄で子供が迷子にならないように教えたと思われます。

 もちろんそれだけのためとは言えないかも知れませんが、私は四国の田舎で育ちましたので、土地名唄がどれだけ心強いか理解出来ます。

阿保茶屋 (当時の風景)

 これらの唄の時代は松原の中央である阿保の交差点辺りの唄でも、今からは想像出来ないほどの風景がありました。

♪♪阿保茶屋(あぼんじゃや)八軒/便所と馬屋で十六軒♪♪。

 阿保茶屋は次回からはじまる松原地区の中高野街道の中間地にあります。便所は外にあり誰でも使用出来ました。この時代、人糞は大切な肥料でした。江戸時代の堺の町屋模型(堺博物館)には多くの公衆便所が配置されています。

城連寺から新堂まで

♪♪水つく、水つく城連寺/流れ流れて芝、油上/太鼓叩くは、堀村で/提灯持って、向井村/中略/高見あがって、ああ新堂/♪♪。江戸時代に大和川の川違えがありました。

 城連寺地区の70%あまりが川底になりました。その為に、今では想像出来ませんが、雨が降るとよく水に浸かり大変でした。城連寺が水つくと、その水は芝地区、油上地区へ流れていきます。
 やがて堀村の庄屋の太鼓がたたかれます。堀村の庄屋の東側は布忍神社です。布忍神社沿いに流れる西除川に架かる宮橋を渡ると大林寺があり、向井村になります。 
 大林寺の鐘楼の鐘が叩かれていない事は、こちらは大丈夫で、向井村の人達は提灯に火をともして励ましてくれます。
 高見までくればもう大丈夫です。高見神社に避難した人達が多く休んでいると、もうひとがんばり新堂まで行きます。どちらの村も、村人達はあたたかく迎えてくれます。
 子供達はこの唄のとおりを高齢者達と一緒に高見や新堂で親が来るのを待ちます。親達は家にある品々が出来るだけ水に浸からないように、数分を惜しんで家を片付け、空腹をしのぐ豆など手早く集め、当分の物をあれこれと用意したものをせたろうて(背負って)子供達の所へ向かいます。この唄は今でも下高野のみでなく松原では多く人達が唄えます。

 迷子と言えば、秋祭りに地車(だんじり)に誘われて夢中になり、今いる所がわからなくなってしまいます。そのために、親たちは太鼓などのリズムを教えました。「」内は太鼓でなく掛け声です。

布忍地区のだんじりの太鼓やカネのリズム

♪♪ジキチン ジキチン ジキチン コンコン 「ソーレ ワッセ ワッセ」♪♪

 だんじりの彫り物は絵巻物で、雄大で美しく初めて見る人はしばし見とれます。今も変わりなく拳(こぶし)ほどの太く長い長い縄を大人や子供が列なして持って曳きます。
 だんじりに舞台が付いていてそこで現在は三味線が打ち鳴らされていますが、戦前は漫才の発祥と言われている「にわか」(寸劇)をしていたそうです。
 天美の昭和4、50年代の最高齢者の話では「大和の万歳は御正月の万歳で、漫才と違う。油上地区(堺東で農閑期に発表した)から布忍地区(祭で発表した)が大阪の漫才の発祥だ」と聞きました。

高見地区の「なもで踊り」の太鼓、笛、カネのリズム

♪♪デン デン デンチチ デンチチン デンチチ デンチチ デンデンチチチ
「ててんそ~や」「ててんそ~や」♪♪

♪なもで踊りは誰が始めたか/釈迦のお弟子の目蓮尊者♪から始まる唄でこの唄は三番まで採集しているが、唄も他に目蓮尊者の母親がむち打たれる中で母は子を思い、子は母を思う中での目蓮尊者の心葛藤を唄った、なもで踊りなどが唄われ高見神社で奉納されたようですが今はなもで踊りの名前さえ消えています。私の採集は昭和40年代が最後でした。

松原の宮太鼓の音

阿保の太鼓の音・・・♪♪デコレン デコレン デコレン♪♪

別所、大堀地区の太鼓の音・・・♪♪ナア マッタケメシ ゼンザイモテ ズッテンドン マッタケメシ ズッテンドン♪♪

三宅地区の太鼓の音・・・♪♪デンデンムシ ゼンザイモテ デンデンムシ ゼンザイモテテケテ ケテケ♪♪

 宮太鼓は千年以上の伝統を持つと聞きました。昭和54年に三宅地区は保存会が出来たと聞きました。私も出掛けて拝見しました。ディスコの踊りを感じました。

[参考]

近畿民俗会報・・・昭和60年、NO104、105「松原の唄」(採集対象者平均年齢明治から大正生まれ)を全部解説付きで84唄紹介しています。近畿民俗学会発行。全部伝承者の節で伝承しています。現在は昭和30年代以前から唄われたもののみ採集。

松原の生活・・・「松原の民話」組織の中にある「松原の生活」(12ヶ月の月々の生活を紹介)の中でも、その月々で生活の中で唄われた唄の紹介もあります。ご参照下さい。

 大阪府文化財愛護推進委員  加藤 孜子(あつこ)